1. はじめに:なぜ“他害・自傷”への理解が必要か
放デイで「子どもが他の子を叩いてしまった」「自分の頭を打つ」「手が出てしまう」といった経験をする支援者や保護者は少なくありません。こうした行動は見た目には「暴力」「問題行動」に見えがちですが、背景には子どもの「苦しさ」「不快さ」「伝えたいこと」が隠れていることがあります。
単に行動を叱責・制止するだけでは、子どもの苦しみを見逃してしまい、“解決”にはつながりません。だからこそ、なぜその行動が起きたか、原因を探ることが重要です。本稿では、他害・自傷の原因として考えられている代表例を整理し、「子どものメッセージ」を理解する視点を提供します。
2. 他害・自傷とは――定義と頻度、注意点

- 自傷行為(Self-Injurious Behaviour: SIB):自分自身に傷をつける、叩く、頭を打つ、噛む、引っかくなど、身体に害を及ぼす行為を指します。
- 他害行為(Aggression / Violence toward others):他者を叩く、突き飛ばす、噛みつく、引っかくなどの行為。
研究によれば、自閉スペクトラムや発達障害をもつ子どもの中で、自傷や他害を経験する割合は決して低くなく、特に自傷行為は中・長期にわたって継続する例も報告されています。
また、こうした行動は本人のみならず、家庭や学校、支援の現場にも大きな負担と危険をもたらすため、早めの理解と支援が重要とされています。
3. 他害・自傷が起きる背景・原因の多様性
3.1 感覚過敏・感覚鈍麻・身体的な不快感
特に自閉スペクトラムの子どもでは、感覚の過敏さや鈍さが原因で、自傷行為が起きることがあります。たとえば、服のチクチク、明るさや音の刺激、過剰な感覚情報などが不快となり、「それを和らげる・コントロールする」手段として自傷行為を選ぶ場合があります。これは、生来の感覚処理の特性(感覚過敏/鈍麻)が影響しているという報告があります。
また、痛みの感じ方や身体感覚の捉え方が一般的と異なるケースもあるため、叩く・叩かれる・打つといった行為が「落ち着き」や「快覚」のように感じられることもあります。
3.2 ストレス/過剰刺激・環境変化・不安・混乱
環境の変化や予測できない出来事、周囲とのやり取りの困難さ、騒音や人の多さなどがストレスとなり、自傷や他害につながることがあります。特に言語で自分の気持ちや不快感を伝えにくい子どもにとって、「行動」は唯一のコミュニケーション手段となることがあります。
また、過去に不快な経験やトラウマ、環境の不安定さ、家庭や学校での負担が大きい場合、情緒が不安定になりやすく、それがきっかけで他害・自傷が起きることもあります。いわゆる“二次障害”の一つとして現れることがあります。
3.3 言葉で伝えられない思いや欲求の表出(コミュニケーション困難)
言語やコミュニケーションが困難な子どもは、「痛い」「嫌」「怖い」「やりたくない」「やりたい」などの思いや欲求を適切に伝えられず、自傷や他害によってそれを表現することがあります。これは、行動が「メッセージ」として機能しているという見方です。
特に、自閉スペクトラムや知的障害、重度のコミュニケーション困難を伴う子どもではこの傾向が強く現れます。
3.4 振り返りのできない疲労・過剰興奮・生理的要因
過剰な興奮状態、疲労、睡眠不足、生理痛や不快感、体調不良など、生理的な要因も他害/自傷の引き金になることがあります。特に、発達障害の子どもは感覚や身体の調子の変化をうまく言葉にできず、体の不快さを「行動」で表すことがあります。
また、感覚刺激や社会刺激の過剰により自己調整が難しくなることで、行動として爆発的な他害・自傷が出るという研究もあります。
3.5 二次障害や環境・支援の不足(家庭・学校・デイなどのミスマッチ)
発達障害や知的障害の子どもが適切な支援を受けず、不理解や過度な要求、不適切な対応が続くと、それがストレスや不安の蓄積につながり、他害/自傷という形で表れることがあります。特に、親や支援者が子どもの状態や特性を理解していなかったり、無理に「普通」を求めたりするケースでは、二次障害として行動問題が顕著になることがあります。
また、放デイや学校での環境が子どもに合っていない、支援体制が不十分、見通しや安心がない、といった“環境ミスマッチ”も、こうした行動の原因になります。
4. 障害別・個別の傾向――どのような特性で起きやすいか
4.1 自閉スペクトラム症 (ASD)/感覚過敏・感覚特性
ASDの子どもは、感覚処理の特性や予測不可能な変化に対する不安、言葉でのコミュニケーションの困難などから、他害・自傷を起こしやすいとされています。特に、自傷行為(頭を打つ、かむ、掻くなど)は、感覚の調整、刺激のコントロール手段として行われることがあります。
また、ASDでは社会的理解の困難やストレス耐性の低さが重なり、ちょっとした刺激や混乱が大きな不安・混乱として身体表現されやすいという報告も多くあります。
4.2 知的障害やコミュニケーション困難を伴う場合
知的障害や言葉の遅れ、理解力の困難がある子どもも、他害・自傷のリスクが高くなります。これは、上記のように「伝えられない苦しさ」「わからず混乱する不安」「環境への適応の難しさ」をうまく処理できず、行動で表現してしまうためです。
また、知的障害を伴う場合は、行動の原因が身体的な不快感や感覚のズレ、理解の混乱によることもあり、生理的・認知的両面から丁寧な理解と配慮が必要です。
4.3 発達障害・多動性傾向・衝動性のある子ども
注意欠如・多動性障害(ADHD)傾向や衝動性がある子どもは、感情のコントロールが難しかったり、刺激に過敏反応したり、瞬間的に動いてしまいやすい傾向があります。このため、他害や自傷という形で“衝動の発散”が起きるリスクが高まります。支援者側は、こうした衝動特性にも配慮した支援が必要です。
5. 放課後等デイサービス(放デイ)での支援視点:原因を見立て、環境と関わりを整える

放デイは、学校や家庭とは異なる時間と空間をもつ支援の場――他害・自傷に対しても、以下のような支援が可能です:
- 環境の調整:刺激を減らす、見通しを明確にする、休憩スペースを確保する、静かな時間を設けるなど、感覚・情緒が安定しやすい環境づくり。
- 行動の“メッセージ化”:なぜその子が暴力や自傷を起こしたかを支援者が理解し、本人の思いや不快を言葉や絵カードなど別の方法で表現できるよう支援する。
- ストレス・感情のコントロール支援:呼吸・リラックス・気持ちの切り替えタイミング、感覚の調整手段を学ぶ。
- 安定した人間関係・信頼関係:子どもの気持ちを受け止め、安心感を与える対応。教員・支援者の理解と配慮。
- 個別の支援計画と継続的な見守り:子どもの特性と背景を共有し、変化に応じた支援とケアを持続する。
こうした支援は、ただ行動を抑えるだけでなく、「なぜ起きたか」「どうすれば安心できるか」を大切にするアプローチです。
6. 支援者・保護者が共通して気をつけたい配慮と対応のポイント
- 行動を叱責・否定するのではなく、「なぜそうなったか」「何を伝えたかったか」に耳を傾ける。
- 安易に要求を飲んだりご褒美ですませたりせず、「伝え方・代替手段」を整える。
- 環境・人間関係・感覚・身体の状態など、多面的に原因を探る。
- 安全確保とともに、子どもの尊厳と安心を守る。無理な抑制ではなく、適切な支援を。
- 継続的な観察と記録、チームでの情報共有。「今日はどうだったか」「何が引き金だったか」を振り返る。
7. まとめ:「行動はメッセージ」――原因理解が支援の第一歩

他害や自傷は、単なる「問題行動」ではなく、子どもの「苦しさ」「不快」「伝えたい思い」を表すサインであることが多いです。原因は一つではなく、感覚・環境・コミュニケーション・身体・心理など多角的です。
支援者や保護者が大切にすべきなのは、「行動の背景を理解する」「原因を探す」「環境や支援を調整する」こと。叱る・抑えるだけでは、本質的な改善にはつながりません。
放デイという場は、学校や家庭とは異なる柔軟性と支援の可能性を持っています。一人ひとりの子どもに寄り添い、「何が苦しかったか」「どうすれば安心か」を一緒に考えることで、他害・自傷の根本的な理解と支援につなげていきましょう。



