1. はじめに:なぜ「距離感」がテーマになるのか
障害のある子どもたち、とくに発達障害傾向のあるお子さんのなかには、人との距離感に悩みを抱える子が少なくありません。「近づきすぎる」「馴れ馴れしくなってしまう」「逆に必要以上に距離をとってしまう」――こうしたズレは、友人関係や支援現場、日常生活でトラブルを引き起こすこともあります。
放課後等デイサービス(以下「放デイ」)のような支援の場では、安心・安全な人間関係と居場所の確保が大切です。そのためには、「ただ静かに過ごす場」ではなく、「人との距離感を学び、理解し、守る力」を育てることが重要だと考えます。本稿では、その「距離感」をテーマに、背景・原因・具体的な支援方法を整理します。
2. 人との距離感がつかみにくい背景 ― 発達特性と社会的スキル

2.1 社会的コミュニケーションの困難と「空気を読む力」のギャップ
特に 自閉スペクトラム症(ASD) をはじめとする発達障害のある子どもでは、言葉だけでなく、ジェスチャー・表情・声のトーンといった非言語的な情報から相手の気持ちを読み取ることが苦手なケースがあります。
そのため、相手が「近すぎて嫌だ」「距離をとってほしい」と感じていても、それに気づけず、結果として“距離感のズレ”が生じやすくなります。
また、「場の空気を読む」「状況に応じた話し方を使い分ける」「適切なふるまいを直感的に選ぶ」といったスキルは、言語だけでなく社会的な経験や暗黙のルールの理解に支えられています。しかし、こうした“暗黙のルール”は発達特性のある子どもには理解しづらいことがあります。
2.2 距離感の調整が難しい特性(感覚、衝動、注意など)
さらに、発達特性として、感覚の過敏や鈍麻、過剰な刺激を受けやすい感覚処理の偏り、注意の散りやすさ、多動・衝動性などを持つ子どももいます。こうした特性がある場合、自分の身体感覚や気持ちのコントロールが難しく、他人との距離感のコントロールがうまくできないことがあります。
また、一定の距離感が快適かどうかを自分で判断するのも難しいといった傾向も報告されており、特に発達障害の子どもでは「通常より遠い距離を心地よく感じる」「距離感の可変性(時と場合による調整)が苦手」ということもあります。
3. 距離感のズレが起こすトラブルとその影響
人との距離感がうまくつかめないことは、本人だけでなく周囲にもさまざまな影響を及ぼします。たとえば:
- 友人・仲間から「近すぎる」「馴れ馴れしい」と敬遠されてしまう
- 支援者や他の利用者とのトラブル(身体的接触・不快感・混乱)
- 子ども自身が「自分は変」と感じて自己肯定感の低下
- 社会参加(学校、地域、将来の就労など)での困難
このようなトラブルを防ぎ、安心・安全な居場所として放デイを運営するためには、距離感を理解し、学ぶ機会を設けることが重要です。
4. 放デイで取り組みたい“距離感トレーニング”の具体的方法
4.1 可視化・見える化による学び(ソーシャルストーリー、距離マークなど)
言葉や感覚だけで説明するのが難しい「距離感」を、視覚・体験を通じて理解するために、以下のような方法が効果的です:
- “ソーシャルストーリー” を使う:たとえば「人とお話をするときは、まず手をのばしてこのくらい(ハグをしない、顔を触らない)」といった具体的な場面・言葉・絵で説明する方法。
- 床テープやマットで距離マーク:たとえば床に丸や線を引き、「ここからここまでが“ちょうどいい距離”」と視覚的に示すことで、子どもが距離を見て理解しやすくする。
こうした「見える化」は、抽象的な“社会的ルール”を具体化するうえで非常に有効です。
4.2 模擬練習・ロールプレイで「感じる距離」を習慣化する
実際に言葉や絵だけでなく、体を使って距離を体験することで、「近い・遠い」の感覚を身体で覚える練習をします。たとえば:
- 二人で会話するときに、まず広めの距離、少しずつ近づいて「どう感じるか」たしかめる
- ぬいぐるみやマジックテープなどを使って「このくらいOK/このくらい近いとイヤ」と視覚的に示す
- グループで遊ぶ場面、並ぶ場面、挨拶の場面など、様々な状況で“距離を測る意識”の練習
こうした体験を通じて、距離感の基準を子ども自身が少しずつ持てるようになります。心理学者である Scott Bellini らの研究でも、「まずは自己モニタリング(自分の行動を見える化する)」から始める支援が有効とされています。
4.3 安心ゾーン/パーソナルスペースの尊重と確認の仕組みづくり
子どもによって「安心できる距離」や「苦手な距離感」は異なります。そのため、以下のような配慮が大切です:
- 子どもが「少し離れていたい」「近づかれると不安」というサインに気づけるよう、支援者が観察する
- 自由に距離を取れる“安心スペース”を設ける
- 他の子どもや支援者との間で「手を出したり、急に近づいたりしない」ルールを共有する
- 距離感に対する本人の気持ちや違和感を尊重し、無理に近づけようとしない
こうした環境の設計とルールづくりが、子どもの安心と尊重を守る土台になります。
4.4 フィードバックと振り返りで自己理解を促す
距離感を学ぶだけでなく、「どう感じたか」「相手はどう思ったか」を振り返る時間を持つことも重要です。たとえば:
- ロールプレイ後に「この距離どうだった?」「近すぎた?」と振り返る
- 支援者や他の子どもが感じたことを穏やかに伝える(「ちょっと近いと感じたよ」など)
- 距離感がうまくいったときには褒める・確認する
こうした振り返りの機会を通じて、子どもは自分なりの“ちょうどいい距離”を理解しやすくなります。
4.5 環境調整と支援体制 ― 支援者の理解と共有
距離感の支援は、1人の支援者だけでなく、施設全体で取り組むことが望ましいです。具体的には:
- 全職員で距離感やその支援の重要性を共有する
- 送迎・集団活動・遊び・学習など、さまざまな場面で一貫したルールや配慮を行う
- 家庭とも連携し、“距離感の大切さ”について共有・継続支援を行う
こうした支援体制があって初めて、子どもは安心して距離感を学び、適切に関わる力を育てられます。
5. 支援者・保護者が心がけたいこと ― 共感と明確さ
- 距離感の違いは“悪”ではなく“特性・個性”として理解すること
- 曖昧な言葉(「近い」「遠い」など)ではなく、できるかぎり「具体的な言葉・見えるもの」で説明すること
- 感覚・気持ちの違いを尊重し、子どものペースを大切にすること
- 一度教えたら終わりではなく、繰り返し・振り返り・支援継続を行うこと
- 支援者・家庭が連携し、同じルールと支え方を共有すること
こうした心がけが、「距離感のズレ」から起きる誤解や不安を減らし、安心して過ごせる環境をつくる基盤になります。
6. まとめ:距離感を育てることは「安心できる関係」をつくること

人との距離感は、言葉よりも曖昧で、人によって感じ方が大きく異なります。特に、発達特性のある子どもにとっては、「どのくらい近づけばいいのか」「いつ離れればいいのか」を感覚でつかむのは難しいことが多い。だからこそ、支援の場で「距離感を見える化」「体験と練習」「振り返り」のしくみを取り入れることが必要です。
放課後等デイサービスは、学校や家庭とは異なるもうひとつの“安心できる居場所”。そこを通じて、子どもが「自分と他人との心地よい距離感」を学び、「安心して人と関われる力」を育てる――それが、支援の大きな役割のひとつだと思います。
参考
「発達障害の理解」:厚生労働省



