1. はじめに:なぜ「苦手をそのままにしない」ことが大事か
私たちが支援現場でよく耳にする言葉のひとつに、「この子は●●が苦手で…」「どうやって助けていいか分からない」というものがあります。学校でも家庭でも、苦手なことを無理に求めると子どもは疲れてしまい、「自分はだめだ」と自己肯定感を傷つけることにもつながります。しかし、もし「苦手」をそのままにせず、一歩引いて「どうして苦手か」を丁寧に見つめ直し、小さな成功体験を積めるよう支援できたら――。そんな視点が、子どもの成長の可能性を大きく広げてくれると考えています。
本稿では、放課後等デイサービスや療育の現場で実践しやすい「苦手を細分化・深掘りして『できる』を育てる方法」をご紹介します。
2. 発達障害/障害のある子どもにとっての「苦手」の意味

2.1 脳の特性としての“凸凹”とその理解
「発達障害」という枠で捉えられる子どもたちは、学習・コミュニケーション・感覚・行動などにおいて特性の“凸凹”を持っていることが多いです。これは病気ではなく、脳の特性のあらわれとされ、“得意”な部分があれば“苦手”な部分もある――という性質です。
つまり、「苦手」は必ずしも“直すべき欠点”ではなく、「その子の特性の一部」として受け止め、理解とサポートの対象にすることが大事です。
2.2 苦手をそのままにすると起きやすい誤解・挫折
苦手を放置したり、「みんなと同じように」と無理に求めると、子どもは“できない”“合わせられない”というストレスを抱えやすくなります。結果として、「やる気の低下」「自己肯定感の低下」「行動の回避」「拒否」「不登校」などのリスクも高まります。これでは、「支援」の場である放デイの意味も半減してしまいます。
だからこそ、苦手の背景を見直し、「なぜ苦手か」「どこがハードルか」を可視化・細分化することが、子どもが安心して“できる”体験を積むための第一歩となります。
3. 「苦手を細分化・深掘りする」という考え方とは
3.1 なぜ“細分化”が効果的か──手順分解の理論的背景
複雑なタスクや行動は、障害のある子どもにとって「大きな壁」に感じられがちです。たとえば「靴ひもを結ぶ」「自分で着替える」「宿題を終える」など、一連の流れが多くのステップから構成される動作は、多くの子どもが困難を感じやすいものです。
このような場合、いきなり全体を求めるのではなく、タスクを複数の小さなステップに分解し、ひとつひとつ成功体験を積み重ねることで、最終目標に近づける手法があります。教育現場ではこれを「タスク分析/スキル分解(task analysis)」と呼び、特別支援教育で広く用いられています。
たとえば、「靴を履く」という行動ひとつを、「靴箱を開ける → 靴を取り出す → 靴を履く → 両足のひもを締める」のように細かく分け、子どもが一つずつクリアできるよう支援すると、無理なく身に付けることが可能になります。
3.2 深掘り=「なぜその苦手か」を探る視点の重要性
細分化だけでなく、なぜその子が苦手に感じるか、その背景(感覚・理解・認知・環境など)を探ることも大切です。たとえば、読み書きが苦手なら、「視覚的に見づらい」「ペン操作が苦手」「集中が続かない」など、複数の要因が重なっていることがあります。
こうした要因を深く理解したうえで支援設計を行うことで、ただ“苦手をなくす”のではなく、“子どもの特性にあった得意や安心のベース”をつくることができるのです。
4. 放デイで使える支援の具体的方法(ステップ別ガイド)

以下は、放デイの現場や家庭でも活かせる「苦手を細分化・深掘りして得意につなげる」ためのステップです。
4.1 ステップ1:観察とアセスメント ― 苦手の要因を洗い出す
- 子どもが「苦手だ」「つまずきやすい」と感じる場面を記録する(例:集中できない、転びやすい、声かけに反応しづらいなど)
- その場面で「何が難しかったか」を、可能な限り具体的に分ける(例:順番が分からなかった・感覚が苦しい・手先がうまく動かせなかった)
- 支援者・保護者・教師などで共有する――“苦手の構造化” を行うことで、対応の共通理解をつくる
このようなアセスメントは、後の支援設計・個別支援計画(ISP)や環境調整にも生きます。
4.2 ステップ2:タスク/活動を小さく分ける ― “できる”を積み重ねる
- 上述のタスク分析を使って、目標行動を細分化。たとえば「身支度」「学習」「移動」「集団参加」などすべてが対象になり得る。
- 分解したステップを、子どものペースに合わせて提示。ひとつずつ成功させることで、自信と自己効力感を育てる。
- 成功後すぐに認める・褒める・記録する。これが「やればできる」という実感につながる
この方法により、多くの子どもが「苦手=あきらめ」「どうせできない」という構えから、「少しずつならできる」に変わっていきます。
4.3 ステップ3:環境調整と支援のデザイン ― 安心と見通しの確保
- 環境を整える(静かな場所、見通しを出す、視覚支援、スケジュール提示など)ことで、苦手が生じやすい「不安」「混乱」を軽減する。
- 支援者が近くにいる、あるいは見守りを行う体制を作ることで、子どもが安心して挑戦できるようにする。
- 柔軟に対応できる「脱線・休憩タイム」「代替手段の準備」をあらかじめ用意しておく
このような環境設計と支援によって、子どもの「苦手」が「やってみよう」に変わりやすくなります。
4.4 ステップ4:成功体験の記録とフィードバック ― 自信と自己効力感を育む
- 子どもができたこと、成功したステップを“見える化”(チェックリスト、シール、表など)して「自分の成長」を実感させる。
- 支援者・保護者が具体的に「よく頑張ったね」「ここができたね」とフィードバックすることで、次の挑戦意欲を育てる。
- 小さな成功を積み重ねることで、苦手だったことが「できること」に変わり、「やってみよう」「自分にもできる」という自己肯定感が育つ
4.5 ステップ5:得意につながる資質を伸ばす ― 得意への転換を目指す
- 苦手だった分野の中から、「もしかしたら好きかもしれない/興味を示した」要素を探す
- その要素を活かせる活動・遊び・学びの機会を設計する――例えば、細かい手作業、パターン認識、絵・音・体など子どもの特徴に応じて
- 得意になりそうな分野での成功体験を重ね、自己効力感と興味を広げる
この「得意への転換」は、単なる“補い”ではなく、子どもの人生における新しい可能性を拓く支援です。
5. 支援者・保護者が気をつけたいポイントと心得
- 苦手を「悪」や「直すべきもの」として扱わないこと ― あくまで「特性の一部」として捉えることが大切。
- 焦らず、子どものペースを尊重する ― 小さなステップではあるが、成功体験の積み重ねが大切。
- 支援の共通理解と連携 ― 家庭・学校・放デイで支援の方法や理解を統一することで、子どもにとって安心感が増す。
- 成功と失敗の記録 ― どちらも記録し、原因分析や対策につなげることで、次の支援に活かす。
- 得意を見つけたら大切に伸ばす ― 苦手の補完だけでなく、得意の開発にも目を向ける
6. 成功事例:苦手を得意に変えた子どもの変化

ある放デイに通う子どもでは、「靴ひもを結ぶ」「制服をたたむ」「片づける」などの身支度が苦手でした。支援者はそのタスクを10以上のステップに分け、それぞれを視覚的に提示し、できたステップをシールで記録する方法を取りました。数か月後、その子はひとりで靴を履き、制服を片づけられるようになり、自分で「できた!」と誇らしげに話すようになりました。
また別の事例では、学習や宿題に取り組む際、「集中できない」「すぐ疲れる」という苦手がありました。しかし、勉強を「10分→休憩」「5分→別の教科」というように細かく区切り、小さな成功を積み重ねると、自信がつき、「今日はこれだけやろう」「宿題を終わらせたい」という意欲が見えるようになったという報告があります。
こうした事例は、「苦手だから無理」というあきらめではなく、「分解し、支え、積み重ねる」ことで、苦手を乗り越え、得意や自信につなげる可能性があることを示しています。
7. 継続支援へ:振り返りと見直しのしくみづくり
支援は一度きりではなく、継続と見直しが重要です。以下のような仕組みをつくることで、支援の質を保ちつつ、子どもの成長に伴った調整が可能となります。
- 定期ミーティング(支援者/保護者/学校)で、子どもの変化・困りごと・成功を共有
- 記録の整理(成功リスト・挑戦リストなど)を可視化し、成長を目に見える形で残す
- 目標の再設定:一度できるようになったこと、挑戦してみたいことを次の目標にする
- 環境・支援の再調整:年齢や発達の変化に応じて、支援内容・環境を見直す
こうしたサイクルを回すことで、子どもの成長を支援者と家庭、学校でともに支えていくことができます。
8. まとめ:苦手は“出発点” ― 見える化と細分化が育む可能性

苦手は、多くの場合「その子にとってのハードル」であると同時に、「支援の出発点」「伸びるためのチャンス」でもあります。苦手をそのままにしておくのではなく、丁寧に観察し、細かく分け、支援を積み重ねる――。そのプロセスは、子どもにとって「できる」経験を積む道となり、「苦手が得意になるかもしれない」という可能性を開きます。
放課後等デイサービスは、学校や家庭とは違う時間・環境・支援の場。だからこそ、「苦手を深掘りして得意へつなぐ」支援アプローチを取り入れやすい場でもあります。支援者・保護者が協力しながら、小さな一歩から始めてみてください。
9. おわりに:まずは「苦手の棚卸し」から
まずは、お子さんが「苦手」「つまずきやすい」「苦労する」と感じることをリストアップしてみましょう。ただし、それは「悪」ではなく、「次につなげるための材料」です。そして、一つずつを丁寧に分け、支え、成功体験を積む――その地道な積み重ねが、子どもの未来につながる力になると、私は信じています。


